
ダミアン・ハーストが顧客となるとき 美術品と来歴
今回は、前回の前澤氏所有のバスキア作品から端を発した、コレクションと来歴についての小さなエピソードを記したいと思う。
私はアンティーク、古美術品を扱っていたため、作品の来歴、つまり過去にどのようなコレクターが美術品を所有していたか、をリサーチするのは重要な仕事であった。それは古美術の場合特に、品物の信ぴょう性を高め、価格にも影響してくる。
日本の古美術品の場合は、作品に奥書きがついている場合も多く、イギリスでオークションハウスやギャラリーで働いていた時代は古文書をダイレクトに英語に翻訳したりしていた。
現存アーティストの作品ではこういったことがそこまで問題にならないが、やはり有名なコレクターの手にあったものはプレミア的な価値が添えられることは確かだろう。
そこで思い出すのが、私がロンドンのアンティーク・ギャラリーで働いていたときのことだ。現代アーティストのダミアン・ハーストが顧客となったことがあったのだ。
詳細は省くが、彼は中国古美術の中でも非常に抽象的なオブジェのコレクションをまとめて数千万円で購入した。当然、それぞれのオブジェに相当の来歴があった。それをいちいち説明しようとする私に、ダミアン・ハーストは勝ち誇ったように、こう言って話を切り上げた。
「そして今、私がオーナーとなるわけだね」。
そうだ、歴史に名を遺す文人に負けないような、時代を代表するアーティストが所有者の一人となる。東洋の厳かな古文書にも、購買価格にも動じないアーティストが小さなギャラリーの中に立っていた。
その時点でも時代の寵児であった彼は、歴史を経てきたコレクションに、新たに自分が歴史を作り、名誉を与える立場であることを少しも疑っていなかった。
15年以上前の話で、彼が今もそのコレクションを持っているとは限らない。だが、間違いなくそのコレクションは今後もその来歴に彼の名を冠するであろう。
