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女性アーティスト物語 Vol 2 ニキ・ド・サンファル (後編)

女性アーティスト物語 Vol 2 ニキ・ド・サンファル (後編)

 

 

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隠された過去

 

ニキ・ド・サンファルが娘のローラに宛てた手紙を自伝の中に収録し、自分の子供時代に受けた虐待を公表したのは、晩年に近い1994年のことだ。ニキは幼いころ一時期両親と別れて暮らしたが、また同居するようになってしばらくした11歳のある日、父親から性的暴行を受けたという。それまで父親を破壊、冒涜するような芸術活動に、家族から非難、批判されることも多かったが、この事実は決して表にでてこなかった。

 

両親の家から逃げるようにハリー・マシューズと若くして駆け落ち婚をしたニキだが、長く鬱や統合失調症に苦しんだ彼女にとって、父に代表される男性性、そして、男性から決められた役割を押し付けられ、支配を受ける存在としての女性性の破壊は自己回復のために必要なプロセスだった。

 

ナナの始まり

 

この破壊のプロセスを経て、友人の妊娠姿にインスピレーションを受けた彼女は今度は再生、豊潤の象徴として豊満な女性のシリーズ、あらゆる女性を象徴する「ナナ」を制作していく。フランス語でNanaと言うのは女の子を指すスラングだ。

 

この過程での苦しみ、もがきはフェミニズムの一言では簡単に片づけられないものと想像するが、抑圧された女性たちのために社会に反逆のメッセージを送り続け、そしてその女性性を非常に印象的なイメージに結実させた彼女は、やはりフェミニズムの旗手として重要な存在だ。

 

2017年にクリスチャン・ディオールのアーティスティック・ダイレクターに就任したマリア・グラッツィア・キウリは、このクラシックなブランドのデザインにフェミニズムのメッセージを盛り込んで劇的な刷新をしたが、最初のコレクションにニキへのオマージュを込めてそのデザインを採用した。

 

アートと商業化

 

ポップ・アートの旗手でもあったニキにとって、商業作品との接近は驚くことでもない。

1996年にニキは、ビニール製のナナのミニチュア作品を発表して大量に販売している。作品がだんだん大型化し、制作費も巨大化して、その資金を作る意味もあっただろう。しかし、ニキが誇らかに「私はいっぱい、お金を稼ぎたいのよ!」と宣言する画像を見ると、若いころからモデルとして活躍し、生活費を稼いでいた彼女は、アーティストとして、作品が人目に触れ、賛否両論が巻き起こっても、とにかく人の注目を浴び、商流に乗ることによって、アーティストとしての地位を築いていく大切さをよく理解していたと思うのだ。

 

制作に使う樹脂の吸引などのために少しずつ健康を害したニキ・ド・サンファルは、2002年に71歳で世を去った。世界中を彼女の作品のショウケースにして。

 

 

 

 

 

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